朔夜のうさぎは夢を見る

玉の緒

「して、希殿の贈り物はいかがでしたか?」
「道理で、このところ、手習い以外で庭に下りている姿を見かけないと思ったが」
 一門が揃って生活をしていた頃とは違い、この奇妙な風習を口実にした盛大な宴のない久しぶりの長月の夜をひそりと愛でながら、知盛は酒が満たされているのだろう提子を手にやってきた娘の問いに、まずは感想を返すことから始めた。
「とんだ“さぷらいず”だ」
「ですが、心の篭もった、何よりの“プレゼント”にございましょう?」
 すぐ隣に膝をつき、慣れた調子で掲げられた杯に酒を満たしながら、娘は得意気に笑う。
「きっと、知盛殿のこと。素直に答えてはいただけないかもしれないからと、先んじて用意をなさっていた希殿が、今回は一枚上手だったということでしょうか」
「確かに、一杯喰わされたな」
 しみじみ呟かれた声はわずかに苦笑の気配を滲ませていて、けれどどこまでも温かかった。子供だ、子供だと思っていたのに、ずっと守るつもりでいたのに。幼子ほど、成長は早いということなのだろう。気づけばこうして思いがけない一面を見せつけられて、少なからず驚かされてばかりいる。
「お前にも、同じものを渡したと聞いた」
「ええ、いただきました」
 針の扱いを教えていたのだから、娘は当然、渡されたそれに見覚えがあった。娘が渡されたのは、希が二番目に針を刺していた香袋。最初のものと色味を変えたのは、趣向を変えていくつか試すつもりなのかと勝手に判じていたのだが、初めからそれぞれに色味が微妙に異なるものを用立てるつもりだったのだろう。知盛には三番目に針を刺していた香袋を渡し、当人は、最初に手がけたものを持っていた。
「ずっと、離れずにいられますように、と」
 願懸けだそうですよ。手渡され、驚いて辞退しようとした際に絞り出すようにして告げられた声と、泣きだしそうな笑顔は、きっとこの先、あの子どもがどれほど長じようとも褪せることのない記憶として己の胸中に在り続けるだろうと、娘は直観している。
「……まったく、とんだ“さぷらいず”であることだ」
 天を仰ぎながら呟かれた声は、優しいが、どこか切ない。もらったばかりの香袋を、きっと知盛も娘と同様、身につけているのだろう。ふと吹いてきた雨の気配の混じった風には、覚えのある香りがふわりと滲んでいた。


玉の緒

(世の人は、絶えなば絶えねと言うけれど)
(どうぞ、どうか互いによりあわさって)
(ほつれることさえないようにと、そっと祈りを紡ぎましょう)

Fin.

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