玉の緒
「父上、欲しいものは、決まりましたか?」
どこかで聞き覚えのある問いかけを受け、知盛はゆるりと首を傾げた。
「欲しいもの、か?」
覚えているような気がするし、問いなおすのもなんだか無粋なような気がする。だが、すぐさま思い出すことができず、ならばと思ってぼんやりと言葉をなぞりなおせば、なんだか拗ねたような表情が上目遣いに知盛のことを睨めつける。
「考えておくと、言ってくださったではありませんか」
どうやら、聞き覚えがあるのは間違いなかったらしい。なにせ、自分はその言葉を受けて、それの返答を考えると約束したそうなのだから。はてはて、いったいなんだったかと空を仰ぎ、夏の盛りに比べて色味が薄らいできたように感じる青に、思い至った。
「ああ、言ったな」
言った、確かに言った。それは二十日ほど前のことで、同じように唐突に問いかけられて、何のことかと思えば、こんなところにまであの破天荒で奇妙奇天烈で、愛さざるをえない義兄の影響が及んでいたと、ただそれだけのことで。
「それで、考えていただけましたか?」
約束を反故にされたわけではないと知って安堵したのか、あっという間に両目をきらきらと輝かせ、問いかける表情は期待に満ちている。だが、あいにくと、知盛には期待にこたえるための言葉は思いつかないし、適当な方便を弄すつもりにもなれない。
「だが、お前、それならば有川に聞かなかったのか? “ぷれぜんと”は、相手に内密にしてひそりと用立てる企みこそ、醍醐味であると」
かといって、真正直に「ない」と断ずればこの子供がいたく悲しむのも目に見えており、それは知盛も望まない。そんなことを考えるうち、口をついていたのは、いつかどこかで言い出しっぺの義兄に言い聞かされた、言い訳のような大義名分。
「お前の“さぷらいず”を、楽しみにしているぞ」
ちょっとはぐらかすつもりだったのだが、口にしているうちに、なんだか楽しくなってきた。
愕然と、あるいは呆然と。期待外れの返答ばかりか、さらに難易度を上げられてしまったことを明白に後悔している“息子”の表情にひそりと笑って、知盛は軽く頭を撫でてやりながら、その脇をすり抜けたのだった。
Fin.
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