果て無き懺悔
「……何、それ」
響いた声は、空間の揺らぎと共に。呆然と絞り出された問いかけの声の主には、覚えがある。どうやって移動したのかと、そんな暢気なことを考える一方、そういえば彼らの許には神がいたなと思いなおした。
「何よそれ。何を言ってるの? あなたは、自分がどれだけ酷いことを言っているか、わかってないの!?」
なぜ将臣がここに、とか。兄さんこんなところで何をしているんだよ、とか。響くいくつもの疑問と驚愕の声よりも、神子の叫びは切実だった。
「怨霊として呼び返されて、それで苦しんでいる声が本当に聞こえないの!? 仮にも親なら、自分の子供にそんな重いさせたくないって、そう思うものじゃないのっ!?」
「黙れぇッ!!」
神子が叫べば陽の気が渦巻き、清盛が憤れば陰の気が渦巻く。その只中で眉を顰めながら、は最後の機会をうかがう。平家の終焉を正しく完結させるためにどうしても必要な使命を果たすために。
現れたのが源氏の神子の一行と知ったのか、将臣の腕を振り払って前に出た清盛が、怨嗟の言葉をぶつけている。その横に下がり、顎を引いてを差し招いた将臣の許に足を進めながら、は慎重に気配を探る。
これだけ色濃く渦巻いていれば、混乱はするが探すことも不可能ではない。いつもいつも、その呪詛のため巧妙に気配が隠され、決してありかが判然としなかった黒龍の逆鱗の居所を。
「どうだ? 探れるか?」
「恐らく、清盛公の懐に。何とか引き剥がせればいいのですが」
「厳しいだろうな。……源氏の連中を先に――!?」
低く交わす言葉が中途半端に途切れたのは、そこにありえないものを見たから。神子達の出現時とは比べ物にならないほど大きな歪みが空間を捻じ曲げ、ねっとりと全身に纏わりつくような禍々しい気配が姿を現す。
「あらあら、こんなところに勢揃いしていたのね?」
気配の重苦しさに反して軽やかな声が、ころころと、鈴を転がすように笑う。
「うふふっ、嬉しいわ。おいしそうな魂が、こぉんなにたくさん」
誰も事態についていけない。姿を現した女の正体を誰何することさえできない。そして、唯一の例外たる清盛が懐に手を差し入れるのと、その女が目にも留まらぬ速さで強大な化生へと姿を変えて清盛に飛び掛り、声さえ上げさせるいとまもなく丸呑みにするのはほぼ同時。
将臣が隣で反射的に大太刀を構え、いまだ自失から戻りきれないを背に庇うようにして一歩前に出たのは見えていた。同じように我に返ったらしい神子と八葉が武器を構え、戸惑う白の直垂の青年を庇うようにして陣形を展開するのも見えていた。
にぃっと歪んだ口元が赤い。毒々しい色味こそが美しいと思えるほどに。
「賢い子。そしてお馬鹿な子。真っ向から対峙して気力を削ったのは、死にたかったからなのかしら?」
化生が笑っている。楽しそうに、嬉しそうに。その視線が向いているのはだ。それはわかるのに、動けない。魂の底で、蒼焔が泣いている。その震えに、理解する。あの化生は、時間を縛って自分達の自由を奪っているのだと。
「安心なさい。あの将も、どうせこの世界の五行には還れなかったのですもの……。だったらあなたも、この世界に魂を還さなくていいでしょう?」
爪が顎を持ち上げ、紅の双眸が酷薄に笑む。
「お嬢さんの気持ち、少しはわかるわ」
酷薄に、けれど確かに慈愛と同情を刷いて。
「本当は魂だけいただければ十分なのですけれど、あなたはこの器ごと食べてあげますわ」
愛する方のいない世界に縛られるのなど、だって、許しがたいことですもの。嘯く声の切実さに、思わず理解と納得を示してしまった。喉に食い込む牙の感触をよそに、視界にはただ青空が見えている。
Fin.