俺と帝で雪遊び 〜雪うさぎを作りたい〜
困ったような、微笑ましいような。なんとも複雑な表情を予想させる声で呼びにきた女房に応えて席を外していた乳母子たる盛長が戻ってくるのに、さほどの時間も必要ではなかった。ただ、盛長が困ったような、微笑ましいような、なんとも複雑な表情を浮かべているのは、予想外であった。
沈着冷静という言葉が人の形を取るならば、きっとこの男のようになるのだろうと重衡は評価している。だからこそ、目の端に捉えた見慣れない表情に、仕事を中断させることを覚悟してまずは筆を置く。
膝を使って振り返れば、既に顔は伏せられて表情は伺えない。だが、確かに見たのだ。無表情でもなく、しかめ面でもなく、思い詰めているでもなく。なんとも珍しいことに、笑み崩れるのを必死に堪えている表情を。
「どうした?」
黙ったままでは埒が明かない。言葉を促そうと問いを投げれば、淡々と、いつもの声がいつにない状況を紡ぎあげる。
「庭に、帝と将臣様がおいでなのですが、構うことはないとおおせで」
「ああ、なるほど」
六波羅は一門の者が住まう邸が集まっており、外周に塀はあるが、一軒一軒の仕切りはさほど明確ではない。おそらく、父の邸からふらりと訪れ、そこを女房に見つかったといったところだろう。しかし、いくら当人がそう望んだとしても、放っておくわけにはいくまい。立場と要求とに悩んだ末、重衡の邸の中で最も立場の重い彼を訪ねたといったところか。
「何をなさっておいでだった?」
「さて。庭木をなにやら熱心にご覧でしたが」
なるほどなるほど、微笑ましくも困ったことだ。それは実に微笑ましく、そっと見守るにやぶさかではない。だが、重衡は知っている。自邸の庭に、彼らを惹きつけるような珍しいものは何もなく、彼らには、単に庭木を愛でるような趣味などないことを。
困ったような、微笑ましいような。なんとも複雑な表情を浮かべて、重衡はするりと腰を持ち上げる。
「書き物にもいささか飽いた。私はこれから、気散じに少し庭を見てこようと思う」
「では、お戻りになられた時のために、温かな飲み物をご用意いたします」
「それはいい。もしかしたらとても冷えてしまうかもしれないから、多めに用立てておいてくれるね?」
「承知いたしました」