朔夜のうさぎは夢を見る

新中納言邸のお正月の光景 〜竹〜

 年の瀬を前に、風変わりな自分付きの女房が何やら忙しく文の遣り取りをしているのは知っていた。とはいえ、彼女が風変わりなのは元からのことであり、決して自分や屋敷のものに害となるようなことをしないことも知っている。よって、何を言うこともなく黙って見守っていたのだが、沈黙を守っていられたのは、それまでだった。


「なんだ、それは?」
 問いかけたのは、屋敷の裏手の門から運び込まれた青々とした植物を見かねてのこと。迎え入れていた娘はきょととした様子で「竹にございます」と応じてくれたが、それは知盛でも見れば知れる。
「何を企んでいる?」
「企むだなどと、そのようなことは決して」
 機嫌を損ねたのか、わずかに眉間に皺を刻み、娘は静かに反論する。
「南都の寺社より、年の瀬の煤払い用の竹箒をあつらえる際の竹を、譲っていただいたのです」


 新しき年の始まりですから、縁起ものをご用意したいと思いまして。松と、竹と、梅と。ただの飾りに用立てるだけでは、もったいないでしょう。ですので、煤払いの後の竹をいただこうかと思ったのですが、それではこの年の穢れを拾ってしまうからとお気遣いいただいた結果、このように立派な竹をいただいてしまいました。ならばいっそ、竹を用いて器など作れば、なお縁起がいいかと思い立ったのです。
 穏やかに娘が言葉を紡ぐ間にも、運び込まれたそれはそれは立派な竹が、器に使える大きさへと切り落とされていく。
 どうやら娘は、知盛の知らない何かしらの風習を持ち出して何事かをなそうとしているらしい。とりあえず、自分にも邸の者にも害にはならないだろう。なにせ、めでたきことと言ってのけたのだ。
 最も重要な境界を判断してしまえば、知盛の興味は次へと移ろう。
「安芸に叱られても、知らんぞ」
 一応の念押しだけ残し、見知らぬ結果を楽しみにするために、知盛は早々に踵を返した。


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Fin.

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