空知らぬ雨が君に降る 〜序〜
ネオンで煌びやかに飾り立てられた街中から少し外れてしまえば、そこはいかにも穏やかな住宅地であった。夜もすっかり更け、しんと静まり返ったあたりは、不穏なのではなくただ穏やか。変わらぬ明日を信じて疑わない、無垢な静寂。
「見ぃつけた」
そんな住宅地にあってひときわ異彩を放つ古めかしい門構えの前に、足音も気配もなく、二つの気配が降り立って、わらう。
「ここだわ。やっと見つけた」
まさか隠しているなんて、思わないから手間取ってしまったわ。ぼやく声はそれでも軽やかで、まるで手間取ったようには聞こえない。
「……して、どうする?」
楽しげに揺れる女の声に、返されるのは抑揚の薄い男の声。
「正面から、か?」
「もちろん」
固く閉ざされた門戸は、迎えるべき客人の予定などないと雄弁に語る。けれど二人に気にした様子はない。
「狸の毛皮がダメなら、代わりの品を探すまでのこと」
「別段、毛皮にこだわる必要もあるまい?」
「生き胆に興味はありませんけど、アヤカシを釣る餌くらいにはなるでしょうか?」
「皮も肝も、欲しがる輩にくれてやればいい」
くつくつと、わらう声はただ静か。
「我らはただ、約を守るだけだ」
言って居住まいを正し、招かれざる二人はどこまでも美しく礼節に則って首を垂れる。
「ごめんくださいませ」
無論、応じる声などあるはずもない。
Fin.