そういう事情 〜神子様はいつもどおり〜
和議の儀式と宴席が完了してから一月ほどは、あちらこちらで催される祝宴に引っ張りだことなってしまい、望美が気軽な装いに戻れる時間は実に少なかった。同様にあちらこちらの宴席に招かれているらしい将臣やら知盛やらともそこここで顔を合わせる機会が多かったが、何よりも特筆すべきは、その知盛と共に必ずどこの宴席にも招かれているの存在であろう。
やはりそこここで顔を合わせるヒノエは意味深げに笑って「ご愁傷様」などと言っていたが、当人達はどこか達観した様相であった。人目の途切れたことを見計らってうんざりと溜め息をつく知盛と、それを見て少し困ったように苦笑するはどこまでも自然に対をなしている。あんなに周囲をやきもきさせたくせにと、そう思わんでもなかったが、寛いだ様子で互いに互いの存在を預けあう姿は心を和ませる。
あくまで“平家の新中納言”と“その腹心たる月天将”という肩書きでの招きでは無碍にできないらしいが、それを逆手に取った遊び心もまた見事。唐裳衣姿もあでやかに貴族の招きに応じたと思えば、なんと男物の衣装を纏い、男装の麗人としての側面もみせる。
昨晩催された頼朝らの鎌倉帰還前の宴席でみせた剣舞は、戦に向かう兵達を古式ゆかしく、あるいは彼ら一流の皮肉を篭めて鼓舞するため、実際に二人がたびたび陣で舞ったものだという。宴がはじまった頃は直衣と唐裳衣であった二人は、わざわざそのために狩衣を用意していたらしい。
楽しげに笑って「武家たる平氏より、武家たる源氏の棟梁の道中の無事を祈念するのに最もふさわしい舞を献じましょう」と嘯いた将臣が共犯だったのか首謀者だったのかはわからない。だが、いずれにせよそれに端を発して許しを得た余興が、平家を代表する対の将の二人による勇壮なる剣舞の披露だった。
鏡映しになるように片袖を脱ぎ、白銀の髪に対する深縹と高く結い上げた蒼黒の髪に対する石竹色の狩衣が夜闇と篝火の中で鮮やかに対比される。本物の太刀を持って舞っては警戒されようとの配慮からなのか、握られていたのは舞扇であったというのに、それはもはや鋭く煌く名刀にしか見えない。宮中で披露される舞にはありえない激しい動きに息を乱しもせず、高く低く、舞台に見立てた庭で縦横無尽に舞った二人に与えられたのが満場一致の拍手の嵐であったのは、当然の帰結である。
その席も果て、ようやく宴をお開きにする頃には相当にいい時間であった。誘いの攻勢もそろそろ一区切りつき、しばらくもしないうちに将臣もまた平家の面々と共に福原に引き上げることが決定している。その前に一度、内輪で席を設けようという話は別枠で上がっていたのだが、酒が入ってどうにも妙な方向に意気投合したらしい九郎と将臣が気心の知れた相手に声をかけた結果、なし崩しの二次会と相成った。
「うー、頭痛い」
「寝不足よ。私も、少し頭がぼんやりするわ」
酒精の勢いを借りるか借りないかというのは大きな違いであり、あくまで空気に酔うのみだったため中座して休むことにしたのだが、それでも寝不足の感は否めない。目を擦りながら起き出してきた望美に、既に起きて朝の諸事を片付けていた朔が淡く苦笑を送る。
「おはよう、朔。早いね。他のみんなは?」
「ええ、おはよう望美。譲殿と兄上はもう起きているわ。あとの皆さんは、まだお休みではないかしら」
「将臣くん達を起こしにいくのは、ちょっとなぁ……」
そろそろ朝食の支度が整うと続けた朔に、しかし望美は少しばかり渋る。話の調子からいくと、きちんと褥で寝ている可能性は低い。もっとも、それなりの年齢の男性陣が雑魚寝をしているだろう場に踏み込む、という部分に抵抗を感じているだけではない。純粋に、まだ酒気が充満しているだろう部屋に踏み込んで二日酔いに苦しんでいるだろう彼らを叩き起こすには、今朝の望美は色々なものが足りないのだ。
「そういえば、さんがまだって、珍しいね」
「私もそれは思ったのだけれども、その……。兄上に、お起こしするにしても、少し時間を置いてからが良いと言われたものだから」
二次会には、当然のように知盛とも巻き込まれていた。同じ席には知盛の弟である重衡もいたのだが、先に戻って上手く言い繕っておくだの何だのと言いくるめ、実兄とその腹心の将を置き土産にしてさっさと姿を眩ましてしまったのだ。どうやら将臣の中では銀髪兄弟の弟よりも兄の方により絡みたい意識が強かったらしい。土産を両手ににたりと笑い、そのまま連行したところまでは見ている。半端なく酒に強いらしく、散々に満たされる杯をけろりと呷り続ける知盛については心配はしていない。むしろ、これ幸いと朝寝を貪っているだろうから、そこは事の原因でもある将臣に任せるつもりである。
だが、その隣で隙を見ては周囲の杯に清水を注いでいたに関しては、望美と同じく純粋な寝不足であろう。多少は勧められる酒に口をつけている様子ではあったが、過ごさないよううまく制御していたし、それこそ隙を見ては隣の知盛が代わって呑んでいた。少なくとも望美より長い時間付き合っていたことは確実なため少々辛いかもしれないが、一緒に朝食をと誘いに行くつもりだったのだが。
Fin.