笑うこと
「その、“はなび”っていうのは何だい?」
「えっと、漢字は草花の花に、火攻めの火って書くんですけど」
説明に出てくる単語が物騒なのは、望美をずっと戦場に連れ回していた自分達に非があるため特に咎めずにおく。悲しげな視線をちらと望美に流し、それから自分へと向けてきた朔に困ったように曖昧に笑い返し、景時は相槌を打つことで話の先を促す。
「私や譲くんにとっては、夏の風物詩なんです。夜空に打ち上げて、いろんな色の火花で模様を描いて、それを楽しむんです」
そこで一旦口を噤み、不安そうに「通じてます?」と上目遣いに見やってきた望美に景時は宥めるように笑い返してやる。
「なんとなく、ね。それで、望美ちゃんはそれを見たいって話を泰親殿にしたんだって?」
「あー、そこまで話しちゃってたんですか!?」
せっかく自分で頼もうと思ったのに、と。不満そうに頬を膨らませて、しかしそこには泰親を責める気配など微塵もない。いたずらがばれた幼子のようなくすぐったげな笑みを浮かべ直して、望美は改めて「そうなんです」と頷いた。
いわく、望美がその発想に至ったのは泰親に話をしたからということもあったそうなのだが、譲から届いた集いの打診ゆえでもあったのだそうだ。
「自分で作れるわけじゃないから、こんな急に言い出しても困らせるだけかもしれないとは思ったんですけど、言うだけ言ってみようかなぁって思って」
はにかみながら肩を竦めて、望美は続けざまに「だから、あんまり重く考えないでくださいね」と続けた。
「もし景時さんが思いつくようで、無理のない範囲だったらぜひお願いしたいです。でも、難しいなら、いつか思い出してもらえたら嬉しいなあ、という感じです」
「……ええっと、実は、ね」
期待半分、気遣い半分といった瞳をまっすぐに見つめ返すことはなんだか気まずくて、うっかり視線をさまよわせながら景時はしどろもどろに言葉を編む。
「その、望美ちゃんが言っている花火っていうのと同じかはわからないけど、最近ちょっと思いついて試していた発明が、それに似ているかなー、なんて」
「本当ですか!?」
言葉を濁したのは、この忙しい時期にそうして本来の職務以外に時間を割いていた自分を朔が情けなく思うような気がしたからだ。
もちろん、やるべきことはやっている。その上での息抜きというか、気分転換として少しずつ時間を割いていたのだから別に咎められることでもないのだが、それがいわゆる言い訳であることも景時には自覚がある。
昼間に安倍の当主から大まかに話を聞かされ、どうやら神子達はそれを楽しみにしているらしいから、ぜひ叶えてやってくれという曖昧かつ大雑把な依頼を受けた際には、自分がやっていたことを見透かしての言葉なのかと冷汗を大量に流したのだ。無論、その可能性を完全に否定することはできないのだが、これで裏付けは取れた。
珍しく平和な発明を思いつき、これなら人心を楽しませることができるのではないかと思ってどこか浮ついた気持ちだったのも確か。それがあるまじき場面でまで表面に滲んでいたのだろうかという懸念は、一応払拭することができた。
「それ、今度のお盆には間に合いますか?」
「譲くんの言ってたやつだよね。うん。それまでには作れるよ」
「やったあ!」
「良かったわね、望美」
さりげなく焦点を合わさないようにしていたのだが、聞こえてきた朔の声は実に穏やかで、どうやら咎められることはないようだと悟って景時は知らず息をつく。
そこでようやく視界に堂々と二人を納めてみれば、意外や、朔もまた今回の景時の発明を楽しみにしているらしい。
「そしたら、まずはどこに言えばいいのかな? 譲くん? それとも知盛が先かな?」
「知盛殿を先にした方がいいと思うわ。場所を手配していただけるのでしょう?」
「そうだよね。じゃあ、後で文を書かなくちゃ」
「え? あれ、望美ちゃん? 朔? 場所って、どういうこと?」
何やら諒解しあった様子で話しを進める妹達に完全に置き去りにされ、景時は慌てて口をはさむ。
「だって、花火ってすごい音がするんですよ」
「それに、火気の術を応用した発明になるのでしょう? でしたら、水辺でなくては危なくありませんか?」
当事者たる景時がまだなにも明かしていないというのに、どうやら手の内はすっかり読まれているらしい。思いがけない指摘に「あ、うん」としどろもどろに頷くしかない景時に、朔がいつもの調子で小さく溜め息をつく。
「もう、兄上ったら。しっかりなさって」
いつもの調子でつい反射的に「ごめんね」と言いそうになった景時は、続けられた言葉に今度こそ大きく目を見開く。
「私、望美からこの話を聞いて、とても楽しみにしているの」
「え?」
拗ねたように、照れたように。少々複雑な笑みを浮かべて、朔はそれでも実にかわいらしく小首を傾げる。
「だってこの子ったら、本当に誇らしそうにその時の兄上のことを褒めるのよ。妹である私が知らないなんて、悔しいわ」
辛辣な言葉に隠された不器用な気遣いが多い朔にしては珍しい、捻りのない感情の吐露に景時は浮かべる表情が常の作られた笑みではなく、隠しようのない笑みに緩んでいくのを感じる。
「うん。ありがとう、朔。俺、頑張るよ」
嬉しくてどうしようもなくて、へらりと笑いながら緩みきった声で気合を入れ直した景時はけれど、容赦なく刺された「気負いすぎて失敗というのは、やめてくださいね」という釘が耳に痛くて、つい眉根を寄せて困ったように乾いた笑いをこぼしてしまった。
Fin.
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