朔夜のうさぎは夢を見る

そしてはじまり

 ひとしきり上がった笑い声が納まるのを待ってから、改めて朔が将臣に目を向ける。
「それで、知盛殿と殿はなんと? やっぱり、急なお誘いでは難しかったかしら」
 集まろうと言い出したのは望美で、それならばと文の手配をしたのは九郎と同じく、源氏の代表として京に留まっている景時だった。ただ、景時が思い描いた“みんな”と望美の思い描いた“みんな”に隔たりがあったため、それが明らかとなった二日前になって、残る面子である知盛とに慌てて繋ぎを取ったのだ。
 調整はしてみるが、確約はできないとの返事からこちら音沙汰がなかったため、邸に顔を出す用のある将臣に頼んで、改めて仕儀を聞き出してもらったのである。
「いや、それはない。けど、さすがに昼からは出てこらんないから、夕方から合流するってさ」
「……その、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫っつってんだから、大丈夫なんだろ。心配しなくても、知盛はあれで要領がいいし意外に責任感強いから、仕事を投げ出して、ってことはないと思うぜ?」
「ああ、いや。その点に関しては心配していない。そうではなくて、その――」
「ご寵愛と噂のさんをこんな男だらけの席にお誘いして、知盛殿がご機嫌を損ねないか、と。九郎は言いたいんですよ」
 もごもごと言い澱んだ九郎の呑み込んだ言葉をすらすらと紡ぎ上げて、弁慶はにっこり笑う。図星を衝かれて面食らったのか、ぱっと大袈裟な反応で弁慶を振り返った九郎も、結局は「そういうことだ」と頷いたのだから、諸々の感情よりも優先させたいほどに気がかりだったのだろう。それは他の面々も同じだったようで、それぞれに興味深げな表情を向けられて、将臣は小さく苦笑する。


「なんだ、そんなにとんでもない噂なのか?」
「とんでもなくはないんじゃないの? 前にも聞いた噂と、ほぼまったく一緒だしね」
「俺が内裏で伺った時には、あまりいい表情をなさらなかったからな。無理を強いたのではないかと、気がかりだったんだが」
「ないない! それはねぇよ。てか、その辺は胡蝶さんから聞いた。最近、前にもまして過保護っぷりが酷いって惚気られたしな」
「そうなの? たまに私がお邪魔しても、別にそんな感じはしないけど?」
「そりゃ、お前が知盛にとって警戒対象に入ってないからだろ。そうじゃなくて、ただ単に胡蝶さんを独り占めしてられる時間が減るから、ちっと不機嫌になっただけだ」
 さすがに付き合いが深いだけあるのか、あっさりと知盛の心の動きを読み解いた将臣に、こちらは付き合いの長さからだろう、敦盛とヒノエが納得を示している。
「大体、お前らからの誘いを問答無用で断ったなんて女房さん達にばれたら、即座に福原行き決行だぜ?」
「あれ? それはにばれた場合じゃないの?」
「知盛は胡蝶さんにそういう隠し事はしねぇよ。隠すぐらいなら、理由つきで全部ばらす。そうすると、たいてい胡蝶さんが絆される」
「……なるほど。いちもにもなくご寵愛って、本当なわけだ」
「ご寵愛ってか、溺愛? 耽溺? 隠す気なくなったらしいからな。傍にいると、こっちがあてられる」
 呆れたように、けれど嬉しそうに。本当に優しい苦笑を浮かべて、将臣はしみじみと呟く。


 和議の成立から一周年を記念して、との理由は、それぞれが日程に調製をつけるうちにずれにずれ、結局はそれにかこつけた花見にしようということで落ち着いていた。場所は神泉苑。この場にいない白龍にも楽しんでもらいたいからと言った望美に、反対する人間などいようはずもない。
「待たせた俺の言えることじゃねぇけど、そろそろ行こうぜ」
「そうだな。今から行けば、ちょうど昼から夜への移ろいが楽しめる」
「だったらさ、神泉苑に荷物を預けたら、オレらは下賀茂神社にも行ってみない? 白龍は、あそこの桜も好きだったろ」
「ああ、それもいいですね。神泉苑の桜の美しさは、知盛殿とさんがいらしてから、共に楽しむといたしましょうか」
「そうだね。下賀茂に行って帰ってくる頃には、きっと知盛殿達もいらっしゃるだろうし」
「いいか、俺はちゃんと言ったからな? 後からあの二人にあてられての文句とか、なしだぞ?」
「文句など言うものか」
 賑やかに邸を出て、それでもどこか困ったように、真面目な忠告を重ねた将臣に、ふわりとリズヴァーンが返す。
「私達の神子の選んだ運命が、いかに素晴らしいかの証のひとつだろう」
「そうだよ、将臣くん。ついでに幸せオーラをもらって、みんなで幸せになるんだからね!」
「だから、あれは惚気オーラだっつってんだろ。おい、望美! 聞け!」
「あ、兄さん。荷物を持ってくれよ!」
 きらきらと笑いながら通りを行く異色の集団に、町行く人々は一旦目を見開き、けれど楽しそうに笑って見送る。寄る辺の違いも、鬼だの人間だのという種族の違いも、すべてを許容して笑いあえるだけの力が、今の京にはある。それをきちんと視界に納めて、望美は先頭に立って後続の集団を振り返り、もう一度笑う。
「さ、行きましょう!」
 この運命を貫けて良かった。この運命で出会った人々が幸せになれて良かった。だから、もっともっと、この運命が明るくて幸せな未来を描ければ良いと思い、それを信じられる自分を幸せだと思うから、どうしたって笑顔は深くなる。
 吹きぬける春の風に乗って、懐かしい神の声が一緒に笑ったような気がした。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。