そしてはじまり
「よっ、久しぶり」
「将臣くん!」
六条櫛笥小路は梶原邸に、耳慣れない声と耳慣れた声が明るく響く。
「将臣、遅かったな。道中、何かあったのか?」
「いや、そうじゃねぇんだけどな。先に荷物を置きがてら知盛ンとこ寄ったら、思いがけず時間を喰っちまって」
勝って知ったる他人の家とばかりに上がりこんだ将臣は、先導の女房に短く礼を述べてから、既に勢揃いして待ち構えている懐かしい面々にからりと笑う。
「君が遅いものだから、九郎は心配で心配で、居ても立ってもいられない様子だったんですよ」
「そうそう。そわそわしちゃって、まるで恋人を待つ姫君のように?」
「なっ、おい、弁慶、ヒノエ! 俺はただ、福原からわざわざ出てくる将臣を心配してだな」
「はいはい、わかってるよ。きっと将臣くんもわかってるから、その辺にしておいて、ね?」
困ったように笑いながら取り成した景時に、九郎はまだ不満の残っている様子ながらも大人しく口を噤み、改めて将臣に向き直る。
「しかし、本当に長らく会っていなかったような気がするな」
「まあ、忙しかったからな。実際の時間より、随分長く感じてんだろ」
軽やかに、けれどしみじみと応じて、将臣は懐かしそうに目を細めて譲が用意してくれた茶に口をつける。
和議が成った後、かねてよりの協議のとおり、源平両家と熊野、それに平泉の各勢力は、代表者を京に派遣し、それ以外の面々は基本的に各拠点において自治を敷くという生活を送っていた。制度の刷新における混乱は主に京におけるものであったが、元から自治色の強かった各地方でも、さらなる基盤固めと領域の線引き、互いの関係をどう結ぶかといった協議が行われた。そうこうして、なんとか政治の形が整う頃には、和議の成立から一年という月日が流れていた。
ヒノエは熊野に帰り、将臣は平家の面々と共に福原へ。鎌倉は頼朝が治めるため九郎は変わらず京にいるが、官位を与えられ、今は源氏勢の代表として参内する日々を送っている。
「譲も、久しぶりだな。元気にやってるか?」
「まあね。星の一族の皆さんが、時間があったらぜひ顔を出して欲しいって言ってたよ」
白龍は龍脈に還り、そして現代からこの京へと招かれた三人は、今もこうして京で生活を送っている。平家から離れられなかった将臣。幾重もの運命を超えて、自身の存在の礎をこの世界と定めた望美。この世界にて過ごした日々ゆえに、もう戻れないと語った譲。
葛藤も未練も、なかったとは言わない。だが、こうして穏やかに日常を送っている。それが結果であり現実だ。
「あー、……考えとくってのじゃ、ダメか?」
「当たり前だろう! どれだけ心配されていると思ってるんだよ」
「……オーケー。とりあえず、知盛と相談してからな」
「知盛さんには先に話を通してあるから、時間は空けてくれてると思うよ。ついでに土産物でも用意しておくけど、何か希望はあるかって、この前文をもらったし」
「………あの裏切り者がッ!」
恨めしそうに吐き出した将臣に「そういうわけだから、覚悟を決めなよ」ととどめを刺し、譲は口を噤む。
それぞれに忙しく過ごしながら、こうして再び会おうと言い出したのは望美だった。龍神の神子としての肩書きはもう降ろしたが、それでもこの世界に留まるのに何か仕事はないかと言った望美に、あってないような役職を与えたのは後白河院。いわく、今なお存在をこの世界に留める怨霊を見守り、そして最後の砦となれと。
平家の使役していた怨霊はそのほとんどが黒龍と共に龍脈に還ったが、還らずに在り続ける怨霊もいた。それが清盛であり、惟盛、経正、敦盛の四名である。
龍脈に還る前、白龍は龍脈が整ったから、還る時には還ると言っていた。だから、それまでは在り続けることの意味を考えて、生きるといいと。その最後の神託を受けて、敦盛を除く三名は皇室にもゆかりの深い仁和寺にその身を寄せ、静かに日々を送っている。
「でも、よかった。こうして全員が揃うなんて、もう滅多にないしね」
「そんなことはないぜ? 姫君のお呼びとあれば、オレはいつでも飛んでくるよ」
「そういうことを言って、また熊野の皆さんを困らせているのではないか?」
「うむ。ヒノエの奔放ぶりは、どこを旅していても耳に入る」
話題を元に戻すように笑った望美に答えたヒノエに、少しばかり考えたいことがあるのだと、全国行脚に出ている天地の玄武が容赦なく畳み掛ける。もっとも、それは気心の知れた間柄同士だからこそ成り立つ、きわどくも楽しい応酬。互いに諒解していればこそ、恨めしげなヒノエの表情も、どこか愉しげに笑っている。
Fin.