朔夜のうさぎは夢を見る

花の宴

 光が弾けるのとほぼ同時に轟音が響く。そのたびについ肩を跳ねさせてしまうとは対照的に、知盛はわずかに筋を強張らせる程度。やはり胆力が自分とは桁違いなのだろうと妙な感心を抱きながら、は光の乱舞にただただ見惚れる。
「神子殿から聞き知った際には、何のことかと思ったが」
 轟音にも負けない勢いで上がる歓声の中、囁くように言葉が紡がれる。
「一肌脱いだ甲斐があった、な」
 声は楽しそうに揺れ、満足そうに凪いでいた。同じ宴席のために奔走しながらも、料理やら酒やらの準備はできないからと何やら望美が別の案を画策しているのは知っていたが、想像以上であった。
 面倒事が嫌いなくせに、得られるものに興味を持てば緻密な根回しもさらりとやってのけるのが知盛の厄介かつ得難い性状。利害がぴたりと一致したからこその結実であろう光景に、どうやら当人も想定以上に満足しているらしい。


 事の裏側で何やら際どいことをしでかしたのか、それとも平穏無事に辿り着いたのかは知らない。ただ、この光景を同じように堪能できているのなら、それはにとっても嬉しいことである。その立場ゆえに、知盛は気苦労の少なからぬ生活を強いられている。致し方のないしがらみと割り切っているようではあるが、たまには報いを与えられてもいいはずだ。
 一個の個性同士であればこそ、感性がぴたりと重なり合うことなどありえないし、そんな必要はないと思う。けれどその中で、できれば喜びだとか楽しみだとか、そういった感覚はあまり方向がずれ過ぎていなければいいとは願っている。
 だって、自分が楽しいことをもし知盛が辛く悲しく感じるなら、それはとても切ない。寄り添いたいと願う相手の胸の痛みに気付かず、ただ浮かれるだけの自分ではありたくない。だから、少しだけ切なさを滲ませた、けれど確かに喜ばしいと感じられるこの時間を知盛が楽しんでくれているなら、とても嬉しいのだ。


「……桜の散る様に、似ているな」
 きゅっと、腰に回された腕に小さく力が篭められた。
「花嵐を見る有川と、同じ貌をする」
「え?」
「魅入られながら、痛ましさに耐える……消え入りそうな風情だ」
 思わず振り仰いだ横顔が、金色の光に照らされる。視線だけではなく顔をそっくりに向けていた知盛は、さらに腕に力を篭めてから「妬けるな」とはにかんだ。
「お前達にしかわからん郷愁には、追いつけん」
 言ってついと空へ視線を投げ、薄紅色の光に目を細めて知盛は続けた。
「この光を、儚くも美しいと。そう思う心は、同じか?」
 光が溢れる。光が降る。轟く破裂音にびくりと肩を揺らし、抱き込まれていることに安堵してもまた視線を空に戻す。光に照らされる知盛の横顔はもちろん美しかったけれど、今は彼が美しいと讃えたこの幻想的な光景を、共に堪能したかった。腰に回された腕に手をかけ、破裂音の度につい怯えてしまう自分を預けながら「同じですよ」と囁く声はわずかに震えている。
 声を揺らした感情をこの場でつまびらかにするような無粋は、も知盛も働かない。ただ今はこの時間を共に堪能できることが、ひたすらに幸せだった。



(散る花が美しいと、それだけで)
(ねえ、それだけにしておきましょう)



(もう、花を散らされることに怯える必要は、ないのですから)

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。