朔夜のうさぎは夢を見る

花の散るらむ 〜終〜

 深紫の双眸は底抜けの透明さで、ただ静かに町を見やっていた。見慣れない、でもどこか懐かしい、京の都。
「終わりを見届け、そしていかがなさいます?」
「さて、考えてもおらんな」
「この先、この国は刃を封じる道を往きます」
「武士の世が終わりを告げるのなら、あるいはそういうものだろう。……あえて時流に逆らうだけの理由など、今の俺にはないさ」
 低く呟き、揚羽は空いている手で腰の二太刀の柄をそっと撫でる。
「牙を抜かれ、爪を折り、そうして積み重ねられた先に、お前の生まれ故郷があるのだろう? ならば、そこに至る道行きを見られると、そう思うことで、我慢するさ」
 声に篭もるのは侮蔑と哀愁と、そして惜別の思い。
「惟盛殿のお言葉ではないが……滅びを知り、滅び行くものは美しい、な。こうして最後の一花に、彩を添えられたんだ。もう、置いても構わない」
 ああそして、きっとこの人は別れを告げている。懐かしき故郷に、永訣を。もう戻らない。もう取り戻せない。あの華々しい都は、もう二度と。この都は、形ばかりの都に成り下がる。どうしてそれを知らないはずなのに知ってしまうのか、にはわからない。けれど、彼は確かに、時代の終わりを目に焼き付け、それを機に、彼の生きがいでさえあったろう太刀を置くと宣している。
「そうだな。見届けたら、お前の故郷となる地にでも、骨を埋めるか。……やがてお前に血が繋がるやも知れぬと思えば、それもまた一興」
「……ッ!?」
 くつくつと喉の奥で笑いながら告げられたのは、とんでもない殺し文句。牙を抜かれ、爪を折られ、きっと彼には退屈極まりない時間がやってくるのに、彼はそれもまた一興だと言ってのける。自分と生きると、そう言ってくれる。
「そういう道行きは、いかがかな?」
 言って顎を掬い、額へと落とされた唇に、ははにかみ、そして意を決して身を翻すと、その後頭部へと手指を伸ばす。周囲から突き刺さる視線や驚愕の声になど、構うつもりはない。そうやって奪い取った相手の呼吸に絡めて、ただ小さく「ぜひ」と返すことだけで頭が一杯で、手が一杯だったのだ。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。