辿り着いた場所
日を改めて正式に手続きを踏むこととなり、それまではやはり梶原邸で預かられることとなった希だったが、その回復の目覚ましさは顕著だった。食欲も増し、少しずつではあるが、体を動かして体力を取り戻す努力を続けている。どうやら基本的に好き嫌いがないというのは事実だったようだが、時折り知盛の手によって届けられるからの差し入れと文に目を輝かせる姿は、実に微笑ましい。
一方、差し入れも文も届けることはないが、代わりに知盛はからのそれらを届けた際に、ついでのように希を構う。のんびりおしゃべりに興じていることもあれば、木刀を手に何やら稽古をつける姿も見かけられる。
と、秋の近くなったある日。やはりふらりとやってきた知盛によって届けられた差し入れのすももを、ちょうど居合わせた望美や九郎も誘って食べていた希が、思い立ったように切り出した。
「そういえば、文では胡蝶殿とお呼びしているのですが、いつになったら母上のことを“母上”とお呼びしてもよろしいのですか?」
あまりにも当たり前のような口調での問いかけをうっかり聞き流しかけて、望美は慌てて口の中のすももを飲み込む。
「今しばし、控えろ」
「今しばし、ということは、遠からずは構わないと?」
「それは、お前の心がけ次第か」
言ってにやりと唇を歪め、続く言葉はさすが、切れ者と名高い新中納言殿。
「父母は、仲睦まじい方がよかろう?」
「もちろん」
「では、片棒を担ぐ気は、あるか?」
「ボクで、できることならば」
そしてさすがは彼の養い子。けろりと応じる声は生真面目で、望美はおかしいやら呆れるやら、複雑な心地で居合わせたその他の面々と目を見合わせる。
「では、共同戦線と参ろうか」
承知しました、と、頷く表情の神妙さがなんだか無性におかしくて、望美はついつい吹き出してしまった。
まったく、良い親子だと思う。そしてあるべきところにすべてが納まったのだとも。これを見越して許してくれたというのなら、頼朝らもなかなかに憎い心遣いだ。
帰邸する知盛の見送りにと正門まで連れ立ち、背中がある程度小さくなったところで、望美は己よりも低い位置にある頭を振り返る。
「希くん、幸せだね」
「はい」
頷く表情に無理はなく、声は誇らしげにきらきらと輝いている。
そのはにかみが、どこか知盛に似ているのは、きっと気のせいではない。そう素直に思えた己が、望美はどこかくすぐったかった。
Fin.
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