朔夜のうさぎは夢を見る

恋とは言わない

 なにやら最近、兄は薔薇の花を集めることに凝っているらしい。そんな噂を重衡が耳にできたのは、きっとそれが、兄にとって害のないものであると、かの邸の優秀な女房達に目されたためであろう。
 しかし重衡は知っている。この噂は、兄としてはとどめる術を持ちえない、けれどできることならそっと秘めておきたい類のものなのだと。


 兄の、かの娘に対する思いは、少なからずややこしいものだ。"こう"という言葉が何よりも当てはまるだろうことには確信がある。ただ、それが果たして"恋う"なのか"乞う"なのかは、判然としない。どちらも当てはまり、どちらともつかない。
 ゆえに、兄はその思いを周りに対して語ろうとしない。語るだけ無駄であり、徒労。ゆえに兄は、ただ知らしめる。かの娘のすべては、兄のものなのだと。何ものにも、譲るつもりはないのだと。


 さて、それらすべてを知った上で、重衡は楽しげな噂を、自分なりに楽しむことにした。
 兄は厳しいが、融通のきく人だし、重衡が重衡なりに、兄とは違った慈しみをかの娘に向けていることを否定するほど、狭量でもない。そして重衡は、兄が許してくれるであろう境界を見極める己に、自信がある。
「誰か」
 呼び、言いつけるのは最近、兄が集めることに凝っているという花を、七輪。それは、年下の義兄に教わった、言葉によらない愛の告げ方。


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Fin.

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