何度伝えても伝えきれない
夕刻になって当たり前のように娘の局を訪ねたら、なにやら、自分の贈った花の数が増えていた。今朝は確か、竹筒に三輪が活けられていたのに、今は角盥にその倍は活けられている。
「昼過ぎに、頭の君様のお邸から遣いがありまして」
なんでも、最近知盛殿がこの花に傾倒していると噂に聞いて、頭の君様がご用意くださったのだとか。お優しい弟君ですね。わたしがこのようなことを言うのは、失礼にあたるのやもしれませんが。
繕い物の手を止め、娘はくすくすと喉を鳴らす。
なるほど、言われてみれば、実に弟らしい悪戯であることだ。何もかもを見透かして、知盛の逆鱗に触れない紙一重のことをしでかしてくれる。
さて、どうしてくれようか。
この花を贈る意味をいまだ汲んでくれない娘を詰ることはできない。そのことまでさえ見透かしていそうな弟を詰ることは、もっとできない。繕い物を中途に終えて片付けようとした娘に「きりの良いところまで終わらせてしまえ」と告げて時間を稼ぎ、黙考することしばし。
ふと首を巡らせ、活けてある花の本数を数えて、知盛はふらりと立ち上がった。
「しばし、外す。すぐ戻るゆえ、酒の用意を」
「かしこまりまして」
先の言葉とはまったく違う言いつけに、しかし娘は動じない。すぐさま手を止めて小さく顎を引き、立ち去る主を見送ってから、自分のなすべきことに取りかかる。
言われたとおり、途中だった繕い物を片付け、酒を手に局に戻ってみれば、早々に戻ったらしい主と、なんら代わり映えのない室内の様子と。
手慰みに花をいじっている知盛を横目に、もはや日常に馴染んだ酒宴の用意をしても、結局よくわからない。
花を一輪増やして、さて、そこにどんな意味が篭められているのか。娘には、結局のところわからない。