声には出さない。でも伝えたい。
贈って、そのことに満足したためあの日は気づかなかったのだが、そういえば娘は、知盛が薔薇を娘の髪に添えるに際して篭めた思惑には気づいていないようだった。己が立場をしっかと把握しているくせに、妙なところで卑屈というか、自虐的というか。娘の物事の考え方は、わかりやすいほどにわかりにくい。
「薔薇は、好きか?」
「そうですね」
滅多と手に入らないから、ではない。娘が、いつにないほど愛おしげに花を見つめていたから、気になった。だから知盛は、薔薇を邸に取り寄せる。珍しいこと、と目を円くする娘も、微笑ましげに見つめる安芸も、楽しげに目を細めてそっと口許を覆う重衡も。別に、知盛にとってはさしたる問題ではない。
問題は、娘がただただ目を円くして、そして匂い立つように笑ってくれること。その事実が、厳然と存在していること。
年下の義兄のいわく、彼らの在った世界とやらでは、薔薇は、まっすぐに伸びた茎に、たった一輪の花を咲かせるものであるらしい。それを束ねて、その数に思いを忍ばせて、思いを寄せる女に贈るものであるらしい。
邸に届けられるのは、知盛もよくしる蔓薔薇。蔓は、まっすぐに伸びるものではない。それでも。
「これならば、お前の局にも飾れよう?」
届けられた中から選び出した、それなりにマシであろう三輪の薔薇に、娘はやはり目を見開く。
「ありがとうございます」
そして、本当に嬉しそうに笑って、大切そうに花を受け取る。知盛が忍ばせた思いごと、胸に抱きとめるように。