百行は一果にしかず
もはや耳馴染んだ阿鼻叫喚を無感動に聞き流しながら、望美は誰に憚ることなく溜め息をこぼしていた。
同じことの繰り返し。同じような結末の繰り返し。
いったい、いつになれば終わりに辿り着けるのだろうか。
「先生。先生は、すべての流れには源流があるって、言っていましたよね」
ここは地獄ではない。よって、阿鼻叫喚も永劫に続くわけではない。戦乱が果てれば、当然のようにあの喧騒は消えていく。後に残されるのは、命を落とすには至らなかった傷病兵の、傷に苦しむ呻き声。さらにそれらが除かれた後には、きっと死霊の恨み声と、死者を悼む泣き声と、命を奪った敵を憎む声とが渦巻くのだろう。けれど、今はただ夜の静けさに満たされた、不穏なほどの無音の空間。その中に凛と佇み、望美は独り言のように呟いた。
「変えることのできない流れもある。けれど、変えることができる流れもある。それを知った上で、時を越えるのか、と」
「ああ、問うたな」
独り言のような小さな声でも、沈黙に満たされた空間には十分に響き、答える声もまたごくごく小さなものだった。ごくごく小さく、それは潜められたというよりも、擦り切れた結果のようで。
「ねえ、先生。私、八つ当たりはしたくないって思っています。私は確かに、自分自身の意志で、時を越えることを決めました。先生はその意志を確かめるつもりで、きっと、あの時ああして問いかけてくれたんだって、知っています」
けれど、先生。今さらだけど、ひとつだけ、質問させてください。
「先生は、これまで、何かひとつでも"変えること"ができましたか?」
些末な違いは、確かにたくさんあった。いや、些末と言っては語弊があるだろう。同じように一歩目を踏み出したはずなのに、まるで知らなかった日々を歩んだこともある。そうして数多の日々を繰り返すことで、望美は知りえるはずのなかったたくさんのことを知った。
すべてのきっかけを悔やむ弁慶を見やり、知らず運命に翻弄された朔の悲劇を見知り、兄の本心を知って絶望する九郎のことも、兄の本心を悟りつつも際どい距離を保って安寧を得た九郎のことも、知った。けれど、こうしていまだに繰り返すということは、"変えられなかった"がゆえの顛末なのだと、気づかないほど望美は愚昧ではなかった。
「……答えられない」
しばしの沈黙を挟み、師から返されたのは、いつしか耳馴染んでしまった、きっと彼の口癖と呼んでも過言ではないだろうひと言。それは、決して望美の求める答えではなかったが、応えて「そうですよね」と呟く声は、不思議と心静かに紡ぐことができた。
まるで、大海原を泳ぐちっぽけな魚になったよう
入口は消え、出口は見えず、けれど留まることはできない
留まることができるなら、
あの時、飛び込んだりはしなかった
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Fin.