朔夜のうさぎは夢を見る

最後の渇仰

「ご、め……なさ……」
 あなたを見詰めることができなくて。あなたに絶望を齎すことしかできなくて。あなたの狂気を照らし出すことしかできなくて。
 ねぇ、愛しているの。確かにあなたを愛しているのよ。それは本当なの。けれど、”彼”を愛していることも本当なの。その双方が並び立つことを許されないなら、わたしはどちらか片方を切り捨てねばならない。あなたがかつて、還内府にそっと道を示したように。
 思いを言葉で表しつくせればよかった。言葉を形にして差し出せればよかった。でも、どうしたって心の在り方を完全に示すことなど不可能。狂おしいほどのこの思いが紛れもない真実なのだと、確信する術はどこにもなく、胸を張って伝えることなど、できようはずもなかった。


 血が溢れる。四肢の先から感触が消え、凍えて固まっていくようだと思った。ふと流れた視界に映るのは薄蒼い冬の黎明の空。それを背に立つ銀色の佳人。の確かに愛した、深紫の双眸。
 見覚えのある光景だった。だから、彼が望まなかっただろう方向に思考が割かれるのを感じて、は歪み、霞む視界の向こうに残された力を振り絞って指を持ち上げる。やわらかな銀糸の合間に指を差し入れ、望むままに引き落とされる薄い唇に、そっと唇を押し当てる。
 そこには確かに熱があり、彼が生きていることを確信し。
 冷たい自分の指先に、もう道が交わらないことを思い知り。
 あの人もこんな気持ちだったのだろうかと夢想しながら、消えゆく意識の最後のひとかけらで、目の前の彼にこそ最後の渇仰を遺す。

「あなたと共に、生きてみたかった――」

 許されるなら、わたしを確かに愛してくれた不器用なあなたと共に生きる道を。
 自分は確かに、望んでいたのだ。

Fin.

back to そしていつしか夢の中 index

http://mugetsunoyo.yomibitoshirazu.jp/
いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。