忘れ貝
「人と人との繋がりを形にすることは、難しい」
だが、結局青年は思いを音にして娘に手向けた。
「ゆえに、我らは別離を惜しむ。傍に在れなくなれば、互いを繋ぐ絆に、疑心が育ってしまうがために」
距離でも時間でも、隔てるものは不安を生む。一時の繋がりに癒されたとしても、そして改めて思い知る距離に、不安は一層降り積もって恐怖と化す。寄せる思いが大きければ大きいほど、なお。
自覚の有無はともかく、思い出すのだろうと、青年は推測する。この娘が、いつどこで誰と、どのような形で、どのような別れを刻んだのかはわからない。青年が知っているのは、娘が刻んできた中でもごく末端のわずかな時間のみなのだ。ただ、自分が傍らを離れる気配、告げる言葉、さざめく衣擦れ。それらがその瞬間か、あるいはその前後の時間か。娘に悲しみを思い起こさせるのに十分なきっかけなのだろうと。
最後にはきちんと、断ち切られる言葉ではなく繋がる言葉を送っている。それでも、遠ざかる背中は断絶を思わせる。遠ざかる衣擦れは、消滅を思わせる。青年自身はその音に特に感慨を覚えることもないが、なんとなく、娘の気持ちをおもんぱかることはたやすかった。
口を挟むこともなく俯いたまま黙って言葉を受け止めている娘に、青年は少しだけ照れたような笑みを刻む。見られていないと知っているからこそ滲んだと自覚のある、くすぐったいはにかみを。
「俺は、ここ以外、還るべき場所なぞ定めるつもりもないぞ」
けれど声に滲む愛しさばかりはどうあっても隠しきれなかった青年は、振り仰いできた娘に、結局すべてを余すことなく知らしめることとなったのだったが。
忘れ貝
(遠き彼方の別離に怯えるお前に、)
(それでも俺は、忘れてくれるなと願っている)
Fin.