打ち水
暑い暑いとぐうたら過ごしている俺だが、ただぐうたらしているわけではない。
ぐうたらしつつ、仕事はしている。一応、これでも食わせてもらってる身だからな。多少は働かないと。
とはいえ、暑い暑い日中に外に出るのはしんどいから、移動時間はなるべく朝か夕方に絞ることにしている。身内に用事があるときは、基本的に夕方。できるなら日が沈んでからの方が、心と体に優しい。
そんなわけで、今日は日が沈む頃を狙って知盛に邸にやってきたんだが、邸に灯りを点して回るのに忙しそうな女房さんとは別に、なんだか全体的にバタバタしている。知盛の邸にしては、珍しい光景だ。
「何やってるんだ?」
どうやら、見ているうちに女房さんや郎党がみっつのグループに別れて仕事をしているらしいのがわかってきた。灯りを点けている人と、御簾を絡げている人と、水を撒いている人だ。
仕事の邪魔をするつもりはないけど、好奇心は抑えきれない。水が入った桶を運ぶ郎党に近づいて声をかければ、ごく丁寧に一礼が返される。
「これは、将臣様。知盛様にご用ですか?」
「用には用なんだけど、まずは気になったんで。何やってるんだ、それ?」
「知盛様のご指示で、少々、庭に水を撒いております」
「水撒き?」
ええ、と穏やかに頷く郎党は、けれどどうやらその指示を出した知盛の真意までは知らないらしい。このまま問答を続けるよりは、当初の目的地に到達する方がすべての用事が一気に片付く。疑問解消に付き合ってくれたことに礼を述べて邸に上がり込めば、慣れた調子で知盛がいるという曹司に案内される。
「で、何やらせてるんだ?」
「水を撒けば、多少は涼しくなろう?」
御簾を全開に絡げて、柱にもたれてのんびり風に吹かれながら何やら書物を眺めていた知盛は、何を当たり前のことをと言わんばかりの表情であっけらかんと切り返す。
「寝苦しい夜など、鬱陶しいだけではないか」
「まあ、そうなんだけどさ」
なるほど打ち水かと、記憶の中の知識と合致したことで知盛の発想の柔軟さに感心しかけたんだが、違う。こいつは、ただ快適に寝たいだけなんだ。
これが、本能のなせる技ってやつなんだろうな、きっと。