暑気払いの桃
じめっとした梅雨をやっと乗り越えたと思ったら、次にやってくるのはじめじめっとした夏だ。
暑くて暑くてたまらないけど、文明の利器なんかなにもない、地獄の季節がやってくる。
「お前は、いったい何をしているんだ」
「だって、しゃーねーだろ? 暑いんだよ」
「誰だって暑い」
夏の湿度にも負けない勢いでじっとりと睨み下ろしてきているのだろう深紫の双眸に、見向きもせずに訴える。だって暑い。
「まあ、お気持ちはわからんでもありませんが」
「だろー?」
「重衡、甘やかすな」
くすりと、苦笑交じりに降ってきた穏やかな声をばっさりと切って捨てたこの男が、怠惰な振りをして実は生真面目な性格をしていることなど百も承知。だけどめげない。いや、めげるだけの元気も足りない。
板敷きの床の、少しでもひんやりした触感を求めて日陰でごろごろしていた俺に与えられたのは、もう一度深々とした溜め息。
「しかし、いかがいたしましょう。暑気払いに、水菓子なぞお持ちしましたが、そのご様子では――」
そして次に降ってきた重衡の言葉に、それまでのだらけっぷりを裏切る勢いで体を起こす。
「食う!!」
腹が減っては戦ができない。いいか、俺が単純ってわけじゃない。
暑さにばてた体には、喉越しのいい果物とかが良いだけなのであって、実に冷え冷えと呆れかえっている知盛の視線なんか、痛くもかゆくもない。たぶん、一応。