掌なら懇願
無事に和議が成り、しばらくの混乱の時期を越えてふと訪ねてきたのは、随分と幼いころに別れたきりの息子だった。
武勇は遠く、噂に聞いていた。
戦に出たとの噂は常に称賛と共にあったが、母としては心休まらない日々だった。
息災ですか、と。御簾の向こうから問われて、恥も忘れてその手を掴んだ。
言葉にならない思いを伝えたくて、嗚咽を聞かせたくなくて。唇を押し当てた掌は、彼の父のそれより、硬かった。
(常盤御前 → 源九郎義経)
無事に和議が成り、しばらくの混乱の時期を越えてふと訪ねてきたのは、随分と幼いころに別れたきりの息子だった。
武勇は遠く、噂に聞いていた。
戦に出たとの噂は常に称賛と共にあったが、母としては心休まらない日々だった。
息災ですか、と。御簾の向こうから問われて、恥も忘れてその手を掴んだ。
言葉にならない思いを伝えたくて、嗚咽を聞かせたくなくて。唇を押し当てた掌は、彼の父のそれより、硬かった。
(常盤御前 → 源九郎義経)
器用にくるくると包帯を巻く弁慶の指先は、同じ男なのに見とれるほど美しかった。
その掌には、己と同じように多くのたこと肉刺があることを九郎は知っている。
得物は違えど、同じく戦場に出る者同士。それは生き延びるための必然。
けれど、この指は己のそれとは違い、こうして傷ついた者を癒すことを知っている。
言葉にすればはぐらかされてしまうから、目敏く見つけた指先の傷に、唇を寄せておくことにした。
(源九郎義経 → 武蔵坊弁慶)
どうせ戦闘で負った傷を手当てするついでだからと、渋るのを説き伏せて身ぐるみ剥いだ。
無論、当初の言い訳を蔑にすることなく、きちんと傷の様子も確かめて、薬を塗りなおしてやる。
この感慨は、纏う衣装のせいかと思った。だから身ぐるみ剥いでやったのに、どこまでも似通っている。
懐かしさと厭わしさが胸の底から背筋を這い上がり、表情を隠したくて俯けば、ちょうどよく腹にも傷がある。
いっそ怨霊であってくれたならと願って唇を寄せてみても、あたたかな体温に触れるだけだった。
(武蔵坊弁慶 → 還内府)