腕なら恋慕
父上が会えと言うから、会いに来ただけ。
平氏に与する一族でありながら、何を好き好んで源氏の遺児になぞ。
そう、思っていたのは渋々とはいえ己の矜持にかけて凛と対峙したその瞬間まで。
ほんの数月前の己を懐かしく思うも、恋に落ちた己を疎むつもりはない。
抱きしめてくれる逞しい腕に、唇を寄せる。思いの成就を祝して。
(北条政子 → 源頼朝)
父上が会えと言うから、会いに来ただけ。
平氏に与する一族でありながら、何を好き好んで源氏の遺児になぞ。
そう、思っていたのは渋々とはいえ己の矜持にかけて凛と対峙したその瞬間まで。
ほんの数月前の己を懐かしく思うも、恋に落ちた己を疎むつもりはない。
抱きしめてくれる逞しい腕に、唇を寄せる。思いの成就を祝して。
(北条政子 → 源頼朝)
権力者の娘、つまりはありふれた女。
そう思っていた己がどれほど見る目がなかったのかと、気づいたのは思いを交わしてからだった。
――あなたの願い、叶えてさしあげますわ。
女の裡には、もう一人の女。すべては己のためだけに。
気づいた瞬間、決して逃さぬよう手首を掴み、湧き上がる欲望に任せてそこに唇を寄せていた。
(源頼朝 → 荼吉尼天)
頼朝の許に九郎義経なる男が降ることになった頃、荼吉尼天は一度、政子の身を離れたことがある。
ほんの戯れとはいえそんなことをする気になったのは、九郎の中にあまりに強く"その人"の美貌が根付いていたから。
万一、頼朝の心がその女に流れては面倒だから、その前に殺そうと思ったのだけど。
相手には見えるはずのない、一方的な出会い。荼吉尼天は殺意を削がれ、代わりに手の甲に唇を落とした。
ただひたすらに夫の遺したすべてを守るためだけに生きる女に、人も神もない、敬愛を抱いたのだ。
(荼吉尼天 → 常盤御前)