くろ
俺は学んだ。てか、思い出した。
そうだ、こいつはちびはちびでも、ただのちびじゃない。
仮にとはいえ、この国の頂点に立つ、権力万歳、贅沢万歳、庶民の感覚とは無縁のスーパーおぼっちゃまなんだ。
てなわけで怯えまくっていたのだが、勝者たる帝から出されたお題はなんとも無難に「くろ」だった。
言うが早いかたったか駆けていった背中に一抹の不安を覚えたが、向かった先は帝の部屋だ。
恐らく、墨かなにかを持ってくるんだろう。てか、墨かなんかであってくれ。
そう切に願って、いろいろ考えた俺の導き出した結論は「あれ? かぶっちゃったね? 偶然だね!?」という親近感を誘発する作戦。
頼むから、これで庶民の感覚を少しでも察してくれ。
俺が持ってきたのは、使いさしの墨。これも、きっと平家で使っているからには最上級品なんだろうけどな。
帝が"持って"きたのは、襲も艶やかな一人の女房さん。
「……返してきなさい」
「えー!?」
困ったように小首を傾げて笑ってくれる胡蝶さんの背中に、鍛錬という名の死闘を透かし見たのは、きっと俺だけじゃない。