朔夜のうさぎは夢を見る

俺と奴らの識字率

 文字の読み書きができないのは不便だと、なぜそんなことをぼやいてしまったのか。
 俺は一昨日の俺の首根っこを掴んで、目の前に正座をさせてひたすらに説教をしたい気分に駆られている。
 つまり、なんだ。ほら、俺にとっては識字率がほぼ100パーのあの世界が常識なわけだ。だから、文字が読めない自分ってのに、違和感を覚えるわけだ。
 でも、だからってこんな本格習字、しかもあの、どっかの掛け軸とかにありそうな、にょろっと崩れたあの文字の書き方を、こんな風にやらされることになるとは思わなかったってわけなんだよ重衡!!


 ………まあ、嘆いても仕方ないしな。文字が読めるようになると、ちったぁ暇つぶしの幅も広がるだろうし。
 つーか、清盛がすっげぇ喜んでるし。
 珍獣兼、息子の身代り的ペットな俺は、心底人の良いあの連中を悲しませるようなマネはできない。
 と、いうわけで、剣とか弓とか馬とかだけじゃなくて、手習いとかいう習字の時間が追加された。
 ついでに舞だの歌だの教えてやるって言われたけど、その辺は丁重にオコトワリした。無理。あれは無理マジ無理。
 欲張りすぎても無理だって言ったら納得してもらえたからよかったんだけど、あの分だと、今後の逃げ方も考えとかないといけねぇ気がする。
 めっちゃ頭が痛ぇけど、ホント、今さらだしな。
 とりあえず、重衡センセイを怒らせない程度には努力したいと思う。
 あの知盛をして「とんでもない」って言わせる重衡の怒ったところとか、見たいとか思うヤツの気がしれねぇし。

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オトナになった俺

 あー、こないだは書き忘れたけど、この紙は惟盛からの貰いモンだ。
 たくさんいただいたからどうぞだのなんだのと言われたけど、気ぃ遣わせたみたいでちっと気が引けた。
 アイツは俺が親父さんに似てるって言われても、あの笑顔を絶対崩さない超良いヤツ。大人だなぁって、思う。
 で、その惟盛が、字の練習なら日頃から日記でもつければどうかって言ってくれたけど、これはこのまま書くぞ。


 今日は、その惟盛が舞の練習をするっていうんで、見学させてもらった。
 よくわかんねぇけど、とりあえず、この世界って基本スローペースだよな。
 何もかもがゆったりしていて、慣れないうちは本当に妙な感じだったけど、最近はそれもいっかな、なんて思ってる。
 いや、だからって知盛のあのしゃべり方のとろさはどうにかなんねぇかとも思うけど。
 最近気づいたんだけど、アイツ、清盛や尼御前とか、とにかく年長の相手に対する礼儀は意外にしっかりしてる。
 それ見て「キモッ!」とか思った俺は、すっかりヤツのペースに毒されてんじゃないかと思う。
 今さらすらすらしゃべる知盛とか、考えられねぇ。
 で、それを舞の感想と礼ついでに酒を飲みながら惟盛に言ったら、めっちゃビミョーな顔をされた。
 「くれぐれも、ご当人には申し上げませんよう」とか。
 それって語るに落ちたんじゃねぇかとも思ったわけだが、俺もいい加減オトナになったんで、そこは指摘しないでおいた。

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。