凛とした姿に
仕立てておいた団服を渡し、着用の上で水路に来るよう言い渡せば、コムイの予想以上の早さで神田はその場に佇んでいた。
剣の腕に関しては既に秀逸を極め、残る問題はイノセンスとの適合率の安定化のみとなった適合者をただ修練のみに明け暮れさせておけるほど、教団と伯爵との戦いにゆとりはなかった。
揺らぎがあるとはいえ、発動自体に問題はない。任務内容を選びさえすればそう簡単に死ぬこともなかろう、というのが上層部の判断。その後押しと状況の切迫具合から、比較的近隣の現場から入った増援要請において、神田は正式に初任務を請け負うこととなったのだ。
これまでに加工してきた対アクマ武器の中でも群を抜く長さを誇る刀の携帯には、悩んだ末、背に負うことができるベルトを用意した。動きやすさに配慮した結果だったのだが、当人は慣れない位置に違和感があるのか、柄に手をやっては引き抜く動作の予行演習を繰り返している。
一度試着してもらって手直しをしようと思っていたのだが、ずるずると引き延ばしていたつけが回ったか。とにかく、使い勝手の感想を聞いた上で改良すべきかもしれない。
取り留めのないことを考えるうちに、神田との距離は随分と縮まっていた。
「待たせてごめんね」
本来なら派遣される立場にないエクソシストに、ほんのわずかでも高い安全性を提供したい。それが気休めに過ぎないことを自覚しながら錯綜する情報を拾い集めてきた科学班室長は、何とか取りまとめた資料を持って水路へと続く通路の最後を小走りに進む。ちらと視線を向けるのみで待たされたことへの文句を一言も言わず、神田は「行き先は?」とだけ呟いた。
あまりに平然と現状を受け入れているらしいことを見て取り、逆に落ち着きを失ったのはコムイだった。まだ正式にエクソシストを名乗っていない立場で戦場に追いやられることに、緊張なり不安なりを感じているかと考えていたのだ。それが傲岸不遜を貫く神田に似つかわしくない反応であると感じていたのも事実ではあるが、いっそ手馴れた様子で状況と己の職分を冷静に問われることは予想外であった。
それでも、予想が外れた程度のことで動じているようでは教団幹部の地位は務まらない。呼吸ひとつで表情を取り繕い、己の平常心と相手の精神状態を確認する意味も篭めて短い会話を挟むことにする。
「本当なら、君はまだ現場に出なくていいんだけどね」
「手が足りねぇんだろ。動ける駒を遊ばせておくのは馬鹿げてる」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
そっけない口調はいつも通りで、その変わりのなさと偽りのなさに、情けない表情でコムイは痛みを堪えるような声を返した。
「任務内容は先行しているエクソシストの援護だ。思った以上にアクマの数が多くて、身動きが取れないらしい」
互いの位置は、ある程度距離が縮まりさえすればゴーレムで探知できる。それを頼りに、件のエクソシストが戦線を離脱するための退路確保の補助にあたること。
言ってコムイは、把握できている限りのアクマの分布を記した地図と、真新しいゴーレムを差し出す。己の主を記憶するかのように周囲を飛び回りはじめたゴーレムに見向きもせず、神田はじっと、受け取った地図に食い入る。
「ティエドール元帥がもうすぐ帰還なさるから、近くにいらしたら連絡が入るかもしれない。連絡が取れ次第、先にそちらを経由していただくよう要請するよ」
俯けられた後頭部を見やりながら、コムイは言葉を続ける。戦闘技術が確立されているといえ、アクマとの戦いは一般の戦闘と一線を画する要素が多い。そういった点をより確かに学んでもらうべく元帥への師事を決定したというのに、出会いが実戦になりかねないとは、一体どういった皮肉なのか。
「それが無理でも、帰還なさったら弟子のエクソシストは派遣できる。前回の連絡からして君の現場到着からそう遅れずに追いついていただけるはずだから、無理は禁物。肝に銘じておいてね」
「無理をしないですむ状況なら、な」
ようやく顔を上げ、目線より少し上の高さで滞空していたゴーレムを無造作に引っ掴みながら、神田はうっそりと暗い笑みを浮かべる。
捉えられると同時に羽の動きを止めたゴーレムを不思議そうに見やる表情はどこかあどけなく、実年齢よりも幾分幼くさえ見えた。表、裏、表。ひっくり返しながら観察していた神田は、怪訝そうに眉を顰めてコムイに視線を戻す。
「これ、使い方は?」
「探知と通信は、言葉で指示を出してくれればいいよ。相手からの呼び出しはベルが鳴る。答えれば通信モードに切り替わるから」
「わかった」
今回の任務において使うだろう最低限の機能の扱い方のみを頭に叩き込み、神田は短く頷いて手の中のゴーレムを懐に押し込んだ。おとなしく収まるかどうかを確認するように視線を落としている少年に、コムイは言うべきか否かを迷っていた言葉を思い切って口にする。
「くんには――」
「任務だと伝えてある」
しかし、皆まで言い終わらないうちに神田はばっさりとその言葉を切って捨てた。おまけに「そんな余計なこと考えてる暇があったら、仕事をしてろ」とまで言ってのける。唖然とした表情を隠せずに凝視してくるコムイのことなど歯牙にもかけず、神田はそのまま踵を返すと、待機していた舟に足をかける。
「戦うことを選んだからには、覚悟はできている。互いに、なすべきことをなすだけだ」
出立の挨拶代わりに残された声は誇り高く、透き通った強さに彩られていた。
Fin.