朔夜のうさぎは夢を見る

たらの芽のとげは高血圧予防に

 台盤所にたらの芽が運びこまれるのを見かけたのは、偶然だった。
 それでも、見かけてしまえば思い出すことがあり、思い出してしまえば思いつくことがあり。
「あの、少々よろしいですか?」
 あまり褒められたことではないと知りつつ、声をかければ飛び上がるようにして振り返る驚愕の表情。
 そんなに驚かなくても、との思いは、微塵のほころびもない微笑みの裏にきちんとしまい込む。


「で? 下女達を困らせてまで、御身は何をなさっておいでだ?」
「困らせるつもりはないのですけど」
 だからこそ、あえて食膳の支度がすんだ頃を見計らって台盤所を訪ね、使い終わったと確認したかまどと鍋を使って作業をしていたというのに。
 もはやいたたまれなさに耐え切れず、それぞれが別々の場所に避難してしまったのだろう。台盤所に残されたのは、邸の主付きの女房が一人と、仕える主の二人きり。
 うららかな陽気になってきたとはいえ、まだまだ朝夕は冷える。そんなひやりとした空気はしかし、湯気の立つ鍋の周囲には届かない。


 食膳にと供される際、本来ならば捨てられるはずだったものを、あえて取り置いてもらった。悪くならないうちに、と煎じたたらの芽のとげを鍋から丁寧に取り除き、残ってしまった屑が入らないように注意して、茹で汁をそっと器に取り分ける。
「二位の尼様が、このところ、耳鳴りがすると仰せと聞きましたので」
 少しでも、お力になれればと思っただけです。呟きに返された沈黙が少し悲しげだったことを、さて、薬湯と共に優しき一門の母君に届けるべきか否か。

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