朔夜のうさぎは夢を見る

ふきのとうは咳止めに

 ちらりほらりと桜が咲くようになると、春はもうすぐそこに。あるいは、既に過ぎ去ろうとしているくらいだろう。
 ようやく寒さから解放される喜びに溢れる世界の萌黄色とは裏腹に、しかし、この季節は花冷えがいかにも厄介である。


 けほけほと、乾いた咳を繰り返すくせにちっとも自愛の様子が見られない主はいつものこと。
 最近になってようやく、うすうすと感づいてきたことがある。
 どうやら、主は単に自身を蔑にしているわけではないらしい。
 こうして傍に控える自分が気づくか否かをそっと横目に観察し、どのように対処するかを楽しんでいるきらいがあるのだ。


「……なんだ、これは」
「薬湯にございます」
 夕餉にあわせて用立てたのは、ちょうど先日、春の訪れを告げてくれたばかりのふきのとうを煎じた薬湯。
 季節の変わり目に風邪をひきやすかった子供らのために、あの優しい住職が春先になるとせっせと仕込んでいたことを懐かしく思い出す。
「お気に召されましたなら、季節の終わらないうちに、なるべく仕込んでおくようにしますが」
 遠慮なく眉間に皺を寄せるのは、老若男女で変わらぬ反応だろう。渋い表情の主に漏れかけた笑声を噛み殺し、横目にねめつけられるのを感じながら、そっと視線を床に落とした。

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