朔夜のうさぎは夢を見る

のちのかたみに

 世界で一番艶やかな季節、だと、思う。
 とりどりに咲き乱れる花は鮮やかで、華やかで、麗しい。けれど、この季節のこの国は、あざやかなのではない。あでやか、なのだ。


 勾欄にしなだれかかり、それこそ艶然と双眸を眇めて夜桜を見やりながらうそぶく娘は、浮かされたように喉を鳴らす。しめやかに、しどけなく。
 視線の向かう先は定かではないが、彼女がこの光景を心の底から愛でているのは明らかだった。春が、桜が、好きなことは以前から察していたが、しかしこれほど雄弁に思い入れを語るのは初めて聞く。


 彼女は日常のありとあらゆる事象を愛でるきらいがあった。なんでもない光景を。ありふれた情景を。
 それは月の都とは異なるがゆえの物珍しさからなのか、単なる彼女の性癖なのか。知盛には、知るよしもない。
 ただ、悪くないと思うのだ。彼女を通じて、とうに見飽きてしまった、生きることに飽いてしまったこの世界の美しさに気づき、まだ大丈夫と安堵する己の陳腐さを。


 笑いながら指を宙に。歌いながら足先を地に。
 誘うように、彼女は舞う。世界を、知盛に見せつける。
 鮮やかに、華やかに、麗しく。
 それはそれは、あでやかに。




(ああ、けれど。脳裏をよぎるは花の定めが)
(花は散る。咲きて散る)
(ならば、いっそこの刹那に溺れ死んでしまいたいと)

Fin.

back to 俺日記 index

http://mugetsunoyo.yomibitoshirazu.com/
いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。