朔夜のうさぎは夢を見る

桜梅少将殿の場合

 おや、このようなところでどうなさいました?
 そのようにぼんやりと。心ここにあらずといったご様子は、大変珍しいと思いますが。

 ですが、将臣殿。大変申し訳ないながらも、私はあなたに進言せねばなりません。
 良いですか、今のあなたは、我が父である平重盛の名に縛られておいでです。
 名に恥じぬように、などという失礼なことは申しませんが、多少なり、人目のある場所では心得ていただかねば。
 さあ、まずはしゃんと背筋を伸ばしてください。
 次は、そうですね。いつものように、おおらかな笑顔を見せてください。
 私は父上の若い頃は存じ上げませんが、顔の造りには確かに、父上の面影があります。
 そうして笑っていただけると、私もまた、何やら懐かしい心地がして嬉しいのです。

 もちろん、知っておりますよ。あなたはあなたです、将臣殿。
 ですから、私からあなたにこそ、贈りたいものがございます。とはいえ、大層なものではないのですが。
 少し、背に回らせていただけますか。そのまま、じっとして。
 どうです? これで、少しは涼しいのではありませんか?
 髪を切るのは面倒でも、括れば多少は涼が取れましょう。
 寒暖を煩わしく思うのは、生者の特権だそうですよ。ゆえに、自信を持って自覚してください。
 あなたは生きています。生きているからこそ、私はあなたに、これを選んだのです。

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