君がいる
世界はいかようにも色を持つ。いかようにも、いかほどにも。
黒に塗りつぶされた視界にはもう厭いた。黒の視界に、灰と白とが世界を描く。灰と白とが描きあげた世界は、のっぺりと味気なく、風情もなければ面白みもない。
いつしか黒と白と灰とで塗りつぶされていた世界に、色が混じったのはいつからだろう。
最初に目に入ったのは、深い深い藍色だった。夜闇のような、深い、深い、深い。黒と見紛うような、けれど黒とは一線を画する。
それから、次は何色だっただろう。夜の気配に濡れた、緑葉の色だったか。桜の花の色だったか。月の、星の、雲の。
夜闇に沈んで黒と白とで縁取られていたはずのすべてが、鮮やかに色づいていくあの感動を、いかな言葉に託せばいいだろう。
朔の夜、闇に塗りつぶされた庭を眺める背中に、そっと歩み寄る衣擦れの音がある。その音が近づくにつれ、庭木に、空の星に、色が塗られていく。
――世界は、なんとも美しいものだったのだな。
細く細く息を吐き出し、その視野に色を取り戻した男は、ささやかな声で呟いた。
君がいる
(ああ、美しい)
(やっと知ったこの美しさの失われる日よ、)
(どうかどうか、遠く、久遠の果てに)
Fin.