星の海に溺れて
娘は、よく星を見上げていた。首を仰のけ続けていれば、血が上るのだろう。時折り俯き加減に頭を振り、こめかみを揉むくせにそれでも懲りはしない。何度となく、星空を仰ぐ。
星読みができるのかと問うたことがある。かくも熱心に星を見つめるのなら、そこにはきっと陰陽師達が篭めるのと同じような意味と意義とがあるのだろうと。
なのに、娘はあっさり、できないと答えた。
意味を探して、意義を携えて見つめているのではない。ただ、眺めている。この世界の美しさに、眺めずにはいられないのだと。
男にとって、星を眺むのは刻限を読み、方角を読むのに必要であるからだ。それ以上でもそれ以下でもなく、月のない夜は味気ない。ゆえに星空は味気ない。
こうして決して一致しない価値観を垣間見ることが、けれど男は嫌いではない。
ただ味気ないものと、方角を知るのに必要なだけと見やることしかしなかった星空を、だから改めて仰いでみる。つまらないと切り捨てず、意味も意義も携えず。
ちらちらと瞬く光は、月よりもよほど頼りない。どれほど細い月であったとしても、空にあれば泰然と湛えられるばかりの光を当然と思っていればこそ、その光の繊細さが新鮮に感じられる。
闇の中に確かにある、けれどともすれば見失ってしまいそうな、あえかな光。その不確かさに、自分がずっと胸の奥底で殺している恐怖を映されたようで、男はいつもの戯れを装って娘を腕に捕らえておく。
「死んだら、星になるのだそうですよ」
慣れた調子で背を預けたくせに、決して価値観を共有できない不可思議の向こう側から零れ落ちた言葉に、男は喉が無様に鳴らないよう息を呑むことしかできなかった。
星の海に溺れて
(お前はまだ、囚われてはいないだろう)
(見るな、聞くな、呼ばれてはならぬ)
(死出の海だと、そう言うのなら)
Fin.