枇杷の葉茶
知盛邸で勧められた夕食を珍しくも断ったのは、俺の意志というより、先約があったからだった。
知盛のところの食事は、基本的に他の邸のものよりも自由な感じで出てくるから、実はけっこう楽しみだったりする。今回は、惜しくも、ってヤツだ。
で、惜しみながらも知盛からの誘惑を振り切って、俺は今、尼御前と向き合って夕餉をつつき終わったところだったりする。
「夏は夜、と申しますので」
食事が終わった頃にそっと用意された椀の中に満たされた謎の液体を飲みながら、尼君はおっとりと夜の庭へと視線を向ける。
「蛍なぞいれば、もっと風情があったのでしょうが」
「今度、どこかで採ってきましょうか?」
「ああ、いえ。そのようなつもりではないのですよ」
あいにく、風流な会話にはどうしてもついて行ききれない。夏は夜、ぐらいはわかる。確か、枕草子だったはずだ。でも、残念ながらその先までは憶えていない。
春は曙、だったら、ある程度まで覚えているんだけどな。
しょうがないからなんとかかんとか話を逸らしたんだけど、そんなこと、尼御前にはまあ軽くお見通しなんだろう。軽く苦笑されて、慰められるんだからどうしようもない。
勧められるまま、口をつけた液体は癖も苦味もなくて、どことなく甘いような感じがして、不思議な飲み物だった。さっぱりしていて飲みやすいし、きっと、夏の飲み物なんだろう。
「これは、枇杷の葉を煎じて作った薬湯なのですが、薬湯の割には飲みやすいでしょう?」
「薬湯だったんですか?」
興味津々で味を分析しているのがおかしかったのか、くすくす笑いながら声をかけられて、俺は思わず視線を跳ね上げる。
「全然、そんな味じゃないんですね」
「ええ。ですからきっと、これなら将臣殿にも飲みやすいでしょうと、知盛殿と重衡殿が」
思わぬ名前を続けながら、尼御前のくすくす笑いは最高潮。まじまじと目を見開いた俺をおかしげに見つめながら、口元を袖で上品に覆っている。
「知盛と、重衡が?」
「将臣殿が、どうにも暑さが辛そうだからと、それぞれに遣いをくださいまして」
けれど、内緒にしてくださいね、と。言いながら尼御前が呼んだ女房さんが手にしていた包みの中身を想像できないほど、俺は馬鹿ではないつもりだ。