朔夜のうさぎは夢を見る

本当の意味も知らずに

 談話室から漏れ聞こえる談笑に、並んで廊下を歩いていたラビとアレンは目を見合わせて笑いあった。声の片方はリナリーのものであり、もうひとつは聞き慣れない、しかし同年代の少女のもの。となれば、擦れ違うばかりでなかなか自己紹介すらできずにいた新しい仲間がそこにいるのは想像に難くない。歩調を速めて目的地に辿りつき、ひょいと覗き込めばそこには予想通り、黒髪の少女が二人ソファに並んでカップを傾けていた。
「リナリー」
「あら、ラビ。アレンくんも」
 ひらりと手を振る次期ブックマンと白のエクソシストが近寄って声をかければ、顔を上げたリナリーがにこりと微笑みかける。
「お邪魔していいさ?」
「どうぞ。どうせ、のことが気になって仕方なかったんでしょ?」
「うわー、ばればれさ」
 くすくすと笑い混じりに見透かされ、ラビは降参とばかりにおどけて両手を顔の高さに上げてみせる。流された視線が「アレンくんは?」と雄弁に問いかけるのに応え、アレンもまた困ったようにはにかんで「お見通しですね」と眉尻を下げた。


 備え付けのキチネットからカップを持ち出し、テーブルに置いてあったティーポットから紅茶を分けてもらったところでラビとアレンは改めて背筋を正す。
「はじめまして。オレ、ラビっての。ブックマンの弟子ね。ヨロシク」
「アレン・ウォーカーです。一応、クロス元帥の弟子にあたります。よろしくお願いします」
 それぞれが名乗り、人好きのする笑みを浮かべたところで向かいに座っていた少女が口を開く。
「はじめまして、ラビさん、アレンさん。と申します」
 ごく丁寧な所作で優雅に腰を折られ、ラビとアレンは照れくさそうに笑みを深める。その様子を愉しげに見やっていたリナリーが横から身を乗り出し、どこか遠慮がちな空気を漂わせるに「敬語なんかいらないよ?」と笑いかける。
「二人とももうどこかで聞いているかもしれないけど、は神田と同じで日本の出身なの。私にとっては、はじめての、一番の女友だちなのよ」
「ええ、ジェリーさんとか、科学班の皆さんに少し聞きました」
「ユウに聞いたら、いつも以上の剣幕で睨まれたけどな」
 ね、と顔を見合わせて笑いあう少女たちは華やかで微笑ましい。同性の友人と戯れるリナリーという希少価値の高い光景に目を細めてから、アレンはラビの補足説明に苦笑を浮かべる。
「で、リナリーも言ってたけど、敬語も敬称もなし。見た感じ、オレらとそう年も変わらないっしょ?」
「一応、ユウと同じはずです」
「ならオレも同い年! 敬語はいらねえさ」
 にっと笑って断言したラビを困ったように見やり、それからはふわりと表情を緩める。
「じゃあ、ラビと呼んでもいいかしら?」
「もっちろん! オレも、って呼んでいい?」
「ええ、呼びやすいように呼んで」
 頷く仕草には気さくさが滲み、向き合うたびに見え隠れしていたどことない硬さが払拭される。そうして改めて微笑んだ少女は思っていた以上のあどけなさを醸し出しており、ラビとアレンは思わぬ不意打ちにうっかり声を失っていた。


 それにしても、と、マイペースに話を再開させたのはだった。いたずらっぽい笑みを湛えた瞳でラビを覗き込み、心底楽しげに問いかける。
「よく、ユウが名前で呼ぶことを許したわね」
「んー、まあな。オレとユウの仲だから」
「……、信じちゃダメですよ。どう見ても、言っても聞かないラビに神田が諦めただけです」
「しかも、まだ諦めきれてなさそうだし」
 頬を掻きながらへらりと笑ったラビに素直に感動しかけたの表情は、続けられたアレンとリナリーの言葉にひたりと凍りつく。
「どーしてそういう興醒めするようなこと言うんかねぇ」
「嘘だったの?」
「嘘っつーか、希望的観測」
 落胆を滲ませる声に苦笑交じりに答え、そこでふとラビは表情を改める。
「だって、本当に嫌なら、ユウの場合オレのこと完全無視決定だろ? それをちゃんと相手してくれるってことは、ある程度認めてくれてるんじゃないかと思ってるんさ」
 違うかな。問いかける口調でありながら確信を抱いて笑みを刻む次期ブックマンの声は穏やかで、はきょとんと目を見開いてから、口の端をゆるりと吊り上げる。


「ユウは、わかりやすい?」
「そりゃもう。ひねくれてはいるけど、素直だしな」
「それもそうね」
 やんわりと頷き、カップを持ち上げて優雅に一口。ほうと満足げな息を零して、は至極幸せそうに笑う。
「きっとラビの思ったとおりだと思うわ。呼ばれたくないならそう振舞うはずだから、それさえ見落とさなければ大丈夫よ」
「なんか、すっげー曖昧な保障のされ方だけど」
 まあいっか、と。あっけらかんと流して笑い、ラビもまた紅茶を口に含んで笑みを深める。
も相変わらずだね。神田のこと、やっぱり一番わかってる」
「そんなことないわ。また、距離を測るところからやり直しの最中よ」
「距離?」
 リナリーのからかい混じりの声に返される溜め息に載った言葉をアレンがなぞれば、やわらかな苦笑が振り返り、何かを懐かしむように双眸が眇められる。
「邪魔にならないだけの距離、よ。昔ね、邪魔をしたら叩き出す、けれど、邪魔をしないなら見ていてもいいって言われたの。だから、そのギリギリの距離にいることにしたの」
 でもそれは昔の話だから、今の彼の邪魔にならない距離をもう一度測りなおさないといけないわ。呟く少女はどこか憂い顔だったが、その許可こそは神田が与えた最上級の許容ではないかとアレンは思う。そんな、他人の存在を受け入れるような言葉を彼が紡いだという例をアレンは他に知らない。
「そういうところが、わかっているって言っているんだよ」
 思わぬ事実に目をしばたかせるアレンとラビの向かい側で、リナリーは呆れと慈愛を滲ませた口調でしみじみとに切り返していた。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。